グリホサート系除草剤の「危険性」

栽培技術

 

 

農業用地から駐車場や公園などの非農耕地まで幅広く使用されている除草剤。長期間、雑草の生育を抑制して除草の手間を大きく省いてくれる。中でもグリホサートを含む除草剤は、さまざまな種類の雑草に非選択的に効くので非常に使い勝手が良い。農業を営む上ではなくてはならない除草剤だ。筆者の栽培施設においても、ハウスの地際のように刈払機が届かない場所など、またスギナやオヒシバなど難防除雑草にはグリホサートを中心に複数のタイプの除草剤を組み合わせて使用している。このグリホサート系除草剤は農林水産大臣による登録を受けていて、「害を及ぼすおそれがないことが明らかなもの(農薬取締法第3条 農薬の登録)」ということが科学的に立証済みだ。つまり、グリホサートは、正しく使用する限り安全で有用な除草剤である。

その一方で、グリホサートは危険なので禁止すべきだ、という意見がある。最近では、一部の市民団体のサイトやSNSでも見かけることができるようになった。

やはり、2015年にIARC(国際がん研究機関)が、除草剤の成分グリホサートを「人に対しておそらく発がん性がある」グループ2Aに分類したことによるところが大きいだろう。

The herbicide glyphosate and the insecticides malathion and diazinon were classified as probably carcinogenic to humans (Group 2A).

「除草剤のグリホサートと殺虫剤のマラチオンとダイアジノンは、おそらく人間に対して発がん性があると分類されました (グループ2A)。

IARC Monographs Volume 112: evaluation of five organophosphate insecticides and herbicides より引用

このグループ2Aというのは、炭水化物を120℃以上の高温で調理したときにできるアクリルアミドやハム・ソーセージのような加工肉に添加される亜硝酸塩などと同じ分類である。

それに対し、アメリカのEPA(環境保護庁)は、”The EPA thoroughly assessed risks to humans from exposure to glyphosate from all registered uses and all routes of exposure and did not identify any risks of concern.”「規定通りの使用やその他の経路からグリホサートに曝露された場合、懸念されるようなリスクは特定されなかった(2020年1月仮登録評価決定)」と評価した。また、EFSA(欧州食品安全機関)は、2023年7月のピアレビューの中で、”The environment did not identify critical areas of concern”「懸念されている致命的な領域は特定されなかった」と説明している。

つまり、現時点での科学においては、グリホサートを使用することが「リスク」になり得るかそうでないかで意見が分かれているのだ。それぞれの立場から根拠が示されているため、どちらが正しいかわからなくなった人が増えてしまった結果、情報が交錯している。極端なものでは、グリホサートがベトナム戦争で使用された枯葉剤と同じ成分だとする根拠のない主張まである。

そこで今回の記事では、グリホサートが本当に危険なもので禁止すべきなのかを考える。

 

 

 

グリホサートとは

日産化学「ラウンドアップマックスロード」

グリホサートとは、商品名「ラウンドアップ」として日産化学が輸入・販売している除草剤の成分である。2024年現在、カリウム塩(ラウンドアップマックスロード)が販売中で、過去にはアンモニウム塩(ラウンドアップハイロード)、イソプロピルアミン塩(ラウンドアップ)があった。ラウンドアップシリーズだけでなく、後発品も他メーカーから発売されているポピュラーな除草剤の成分だ。

グリホサートは農薬の成分の1種

農薬取締法において、除草剤は農薬の分類のひとつである。つまり、上記のラウンドアップは除草剤として登録されている農薬である。農薬として登録されているということは、有効成分・製剤としての効果と安全性が農水省、つまり国に認められているということになる。※農林水産省登録「第21766号」

農薬の分類
  1. 殺虫剤
  2. 殺菌剤
  3. 殺虫殺菌剤
  4. 除草剤
  5. 植物成長調整剤
  6. 殺鼠剤
  7. その他
ラウンドアップマックスロード50倍で散布(2024/4/12撮影)
約3週間後、スギナとセイタカアワダチソウのみ残して枯れる(2024/5/5撮影)

グリホサートで草が枯れる仕組み

農薬の1種である除草剤も作用の仕方によりさらにグループ分けされている。グリホサートは、HRACコードと呼ばれるグループのうち「EPSP合成酵素阻害=Inhibition of EPSP synthase」(HRAC:9、Legacy HRAC:G)に分類される。EPSP合成酵素とは、5-エノールピルビルシキミ酸3-リン酸シンターゼと呼ばれる酵素のことで、植物や細菌などがベンゼン環を持つ化合物(芳香族化合物)を生合成する仕組み(シキミ酸経路)の反応を触媒する働きをしている。これにより植物は芳香族アミノ酸トリプトファン・フェニルアラニン・チロシン)を作り出しているのだが、人間など動物にはこの仕組みがない。

ざっくりと言えば、グリホサートを吸収した植物は、成長に必要な栄養(芳香族アミノ酸)が作れなくなりやがて枯れるということだ。

アミノ酸はタンパク質の構成成分なので、体内で作られなくなると植物は生きていけない。人間と違って植物は、生きていくために必要なアミノ酸を自分で合成している。人間が食べ物からでしか取ることができない必須アミノ酸も植物は作り出すことができるのであるが、そのうちトリプトファンフェニルアラニンと非必須アミノ酸のチロシンの合成をグリホサートは阻害するのだ。

人間はトリプトファンとフェニルアラニンは食べ物から摂取している。また、チロシンも食べ物から取り入れることができる上、フェニルアラニンから作り替えることができるため、通常の食事をしている限り欠乏することはないと考えられている。

つまり、グリホサートは芳香族アミノ酸を作るために必要なEPSP合成酵素の働きを阻害することで植物を枯らすが、人間にはもともとその芳香族アミノ酸を作る仕組みが備わっていないため、グリホサートを摂取したとしても植物と同じ作用機序は起こりえないのである。

安全な使用方法

次に、日本で販売されている「ラウンドアップマックスロード」を例に一般的な除草剤の使用方法を説明する。まず、用意するものは

  1. 噴霧器またはジョウロ
  2. 計量カップ
  3. 手袋、マスク、ゴーグル
  4. 長袖、長ズボン、長靴
防じんフィルター付のマスクとゴーグル
背負いの乾電池式噴霧器

噴霧器またはジョウロに水を入れ、規定の倍率で薄める。散布の際は肌の露出の少ない服装で、皮膚への薬液の付着や吸い込みを防ぐ。なるべく風のない時間帯を選んで散布する。雨が降っていたり、散布直後に雨の予報が出ている場合は効果が著しく落ちるので避ける。障害物の少ない平坦な場所であれば、後退しながら散布するとよりいっそう薬液を浴びる心配がない。段差などがあって前進しなければならない場合は、風向きに注意しながら行うとよい。

肌の露出を無くし、防水の手袋を使用する

注意しなければならないのが、ラウンドアップマックスロードは散布してから効果が現れるまで「2〜7日」かかり、「効果完成までさらに日数を要する」ことだ。効果が出るのを待たずして、再度散布してしまわないようにしたい。また、前述のスギナへの散布濃度は25倍が推奨されており、それよりも低濃度だとやはり効果が期待できない場合が多い。

1リットルの水に対し、40mlの原液を入れる

他にも、散布ノズルによっては薬液量を節約できたり、噴射した薬液が泡状になって狙ったところ以外に飛散しにくいものも用意されているので、それらを上手く活用するとよい。

ハザードとリスク

前述の通り、WHOのがん専門機関であるIARC(国際がん研究機関)の見解によると、グリホサートは2A「probably carcinogenic to humans」(ヒトに対しておそらく発がん性がある)に分類されている。

このIARCの発がん性の分類は、物質や要因をグループ1、2A、2B、3の4段階に分類して評価している。これは人に対し発がん性があるかどうかの分類であって、発がん性の強さというリスクによって分けられたものではな。言うなれば、ハザード可能性の評価である。ハザードとは危害因子と言い換えられ、人間に危害を与える可能性があるもののことを指す。例えば、毒を持つ魚のフグはハザードと言うことができるが、フグの種類によっては筋肉にも毒があったり、毒性が明らかでないものもある。そのようなフグは人に危害を与えやすいため、ハザード可能性の評価としては上位に来ると言える。一方で、食用になるトラフグやマフグは、毒の部位が特定されていることや別種の混入などの恐れがほとんどないことにより、危害因子となり得る可能性としては下位になるだろう。また、リスクという観点で考えるなら、フグの専門調理師の有資格者が正しい方法で処理したフグであればフグ毒による食中毒リスクは限りなくゼロに近い。

話を戻すと、グリホサートはIARC発がん性評価において、上から2番目にハザード可能性があるとされた。これを受けて、グリホサートは危険な物質で即座に使用や販売を禁止すべきだ、とする見方がある。しかし、ハザード可能性のあるなしだけで禁止されるなら、同じ2Aに属するアクリルアミドや亜硝酸塩も規制されてしまうことになる。フライドポテトやハム・ソーセージはこの世からなくすべきということになる。

農取法に基づく毒性試験では発がん性はない

農薬取締法施行規則の第2条「提出すべき資料」の一つに、人に対する「毒性に関する試験成績」というものがある。それが以下のものだ。

  1. 急性経口毒性
  2. 急性経皮毒性
  3. 急性吸入毒性
  4. 皮膚感作性
  5. 90日間反復経口投与毒性
  6. 28日間反復吸入毒性
  7. 90日間反復吸入毒性
  8. 21/28日間反復経皮投与毒性
  9. 90日間反復経皮投与毒性
  10. 遺伝毒性(復帰突然変異・染色体異常・小核・遺伝子突然変異又はDNA損傷)
  11. 慢性毒性
  12. 発がん性
  13. 繁殖毒性
  14. 発生毒性
  15. 発達神経毒性
  16. 急性神経毒性
  17. 28日間反復投与遅発性神経毒性
  18. 反復経口投与神経毒性
  19. 添加物及び不純物の毒性
  20. 解毒方法又は救命処置方法

これらすべての毒性試験にクリアしなければ農薬として登録できない。もちろん毒性試験だけでなく、作物や病害虫などへの薬効や薬害、物理的化学的性状の安定性や分解性なども評価される。つまり、グリホサートを含むラウンドアップなどの除草剤として登録されている製品は、これらすべての試験で安全性が確認されているということだ。

農林水産省『農薬が使用できるようになるまで〜農薬登録と使⽤者への指導〜』より引用

 結論:正しい使用方法で取り扱う限り危険はほぼゼロ

グリホサートを含む除草剤は、農薬取締法に沿って安全性の確認が行われていて、使用者が正しく使用する限り問題はない。除草の手間を省くことで生産コストを抑え、食料の安定供給を手助けしている。もちろん、散布方法や希釈濃度などの基準を遵守することが重要だ。当然のことながら、除草剤は草を枯らす目的で化学的に合成された物質であり、人間が素手で触れたり飲んだりしてはいけない。グリホサートを含む除草剤を実際に使用してみて感じたのは、正しい使用方法で取り扱う限り、散布作業による曝露の危険はほぼゼロである、ということだ。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
栽培技術農業経営農薬
記事のシェア