「環境と調和のとれた食料システムの確立のための環境負荷低減事業活動の促進等に関する法律」通称みどりの食料システム法が令和4年7月1日に施行されました。
この法律は簡単に言えば、農林水産省が主導する「みどりの食料システム戦略」を実現させるために作られた法律です。この戦略では、「食」に関わる人々が2030年、および2050年までに達成しなければならないミッションが策定されています。それを実効力のあるものにしているのがみどりの食料システム法ということです。
今回は、そんな国を挙げての大きな政策である、みどりの食料システム戦略において農業者が受ける影響についてまとめました。特に、加温設備を利用していることが多い施設園芸では大きな変革を求められることが予想されています。
これからどんな対応が必要になってくるか、について詳しく解説していきます。
みどりの食料システム戦略については、農林水産省の特設ページでも多くの資料を使って詳しく書かれているものの、あまりに膨大で重複するものもたくさんあるので、できるだけわかりやすく要点をしぼってまとめました。
なお、記事の作成にあたり農林水産省の大臣官房環境バイオマス政策課地球環境対策室の担当者、農産局農業環境対策課の有機農業推進班にヒアリングしています。
「みどりの食料システム」とは
” みどり ” = 環境にやさしい
” 食料システム ” = わたしたちの「食」は、調達・生産・加工・流通・消費の5つの段階に分かれていて、これを一つの大きな仕組みととらえたもの
農林水産省「みどりの食料システム法のポイント」から要約
上記のように定義されています。
つまり、みどりの食料システム戦略とは、環境への負荷の低減を図りながら食料の供給を持続的に行える食料システムを作り上げるためのものです。
関係してくるのは生産者、事業者、消費者
関係者のなかで事業者については、さまざまな業種にわたります。例えば、堆肥を作る事業者、肥料を製造する事業者、農林漁業に使う機械を作る事業者、農産物・水産物加工業者、食品卸売・食品小売業などです。ようするに、関係する事業者とは「食」に関わるすべての事業者ということになります。
農林漁業者が取り組まなければならないこと
みどりの食料システム戦略においてKPI(指標)とそれについての目標が設定されています。
KPI | 2030年目標 | 2050年目標 | |
---|---|---|---|
① | 農林水産業のCO2ゼロエミッション化 | 基準年2013年の△10.6% | 基準年の△100% |
② | 農林業機械・漁船の電化・水素化等技術の確立 | 2040年までに技術確立 | |
③ | 化石燃料を使用しない園芸施設への完全移行 | 加温面積に占めるハイブリッド型園芸施設等の割合:50% | 化石燃料を使用しない施設への完全移行 |
④ | 我が国の再エネ導入拡大に歩調を合わせた、農山漁村における再エネの導入 | 2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、農林漁業の健全な発展に資する形で、我が国の再生可能エネルギーの導入拡大に歩調を合わせた、農山漁村における再生可能エネルギーの導入を目指す | 同左 |
⑤ | 化学農薬使用量(リスク換算)の50%低減 | 基準年2019農薬年度リスク換算値 23,330に対し10%低減 | 基準年に対し50%低減 |
⑥ | 化学肥料使用量の30%低減 | 基準年2016年肥料年度 90万トンに対し20%低減 | 基準年に対し30%低減 |
⑦ | 耕地面積に占める有機農業の割合を25%に拡大 | 基準年2017年2.35万ha→6.3万ha | →100万ha(25%) |
⑧ | 事業系食品ロスを2000年度比で半減 | 50%削減 | |
⑨ | 食品製造業の自動化等を進め、労働生産性を向上 | 30%向上 | |
⑩ | 飲食料品卸売業の売上高に占める経費の縮減 | 10% | |
⑪ | 食品企業における持続可能性に配慮した輸入原材料調達の実現 | 100% | |
⑫ | 林業用苗木のうちエリートツリー等が占める割合を拡大 高層木造の技術の確立・木材による炭素貯蔵の最大化 | エリートツリー等の活用割合:30% | |
⑬ | 漁獲量を2010年度と同程度(444万トン)まで回復 | 444万トン | |
⑭ | 二ホンウナギ、クロマグロ等の養殖における人工種苗比率 養魚飼料の全量を配合飼料給餌に転換 | 13% 64% |
この中で特に農業者が取り組まなければならないことは、
①農林水産業のCO2ゼロエミッション化
②農林業機械・漁船の電化・水素化等技術の確立
③化石燃料を使用しない園芸施設への移行
⑤化学農薬使用量の低減
⑥化学肥料使用量の低減
⑦耕地面積に占める有機農業の割合
の6つと考えます。
とりわけ、③化石燃料を使用しない園芸施設への移行は、施設栽培でイチゴの生産を行う筆者自身にとっても非常に大きな転換点を迎えることになることが予想されます。
それでは、それぞれの内容について見ていきます。
農林水産業のCO2ゼロエミッション化
ゼロ・エミッションとは、直訳すると「無放出」となり、CO2を放出しないという意味として用いられています。
基準の年となる2013年のCO2排出量が1659万トンでした。そこから別の計画(地球温暖化対策計画:2021年10月閣議決定)で削減することになっていた分の175万トンを引いたものが、2030年までの目標として定められました。そして、2050年までにはゼロエミッション、農林水産業においては完全なる脱炭素を達成しようという計画となっています。
具体的には、化石燃料を直接使用しないヒートポンプや充電式の農業機械などの既存技術の導入を進めることで達成を目指します。2030年以降は、農林業機械・漁船等の電化と水素化でさらに計画を加速させる、というものです。
農林業機械・漁船の電化・水素化等技術の確立
これは、2050年までにCO2ゼロエミッションを達成する目標を構成するひとつの「中目標」と考えられます。
2030年の時点で、担い手の半数が「化石燃料使用量削減に資する農機」を利用していることを見込んで目標を設定しています。化石燃料使用量削減に資する農機とは、電動草刈機や電動噴霧器、自動操舵システムなどが挙げられます。
2030年以降は、電動小型農機の利用拡大や水素エネルギーを利用した燃料電池などの技術を大型農機に応用していき、2040年には農林水産業分野での技術定着を目指すというものです。
化石燃料を使用しない園芸施設への移行
園芸施設の加温設備を従来の燃油暖房機に加えて、ヒートポンプと環境制御機器等の導入を支援することで目標の達成を見込んでいます。ヒートポンプとは、ヒートポンプ式冷暖房機のことで、電気のみで稼働して加温のために化石燃料を直接使わないうえ、エネルギー効率が非常に高いために環境負荷の低減が期待されています。
2030年までに、このヒートポンプと化石燃料使用の暖房機と組み合わせたハイブリッド型園芸施設の割合を50%まで引き上げ、2050年には、化石燃料をまったく使用しない施設への完全移行を目指しています。
化学農薬使用量の低減
これは、単純な化学農薬の使用量の低減ではなく、農薬の有効成分ごとに「ヒトに対するリスク」が違うことに着目した目標設定となっています。
個々の農薬の「有効成分ベースの農薬出荷量」に、ヒトへの毒性の指標であるADI(許容一日摂取量)を基に決定した「リスク換算係数」を掛けたものの総和として、「化学農薬使用量(リスク換算)」を算出
引用:農林水産省 みどりの食料システム戦略における化学農薬使用量(リスク換算)について
つまり、農薬ごとに異なる毒性とその有効成分の含有量を加味した人に対するリスクの低減の目標と言えます。それを化学農薬使用量リスク換算値として数値目標を設定しています。大まかな計算式は次の通りです。
A:農薬の毒性 = ADI(許容一日摂取量)をもとに設定したリスク換算係数
B:期間中、出荷された農薬に含まれる有効成分の総量
化学農薬使用量リスク換算値 = A × B
2019年度(2018年10月~2019年9月)のリスク換算値23,330を基準として、2030年までに10%、2050年までには50%の低減を目指すものです。
農薬の開発には10年以上かかるので、当面はIPM(総合的病害虫管理)の推進が取組みの中心となる見込みです。具体的には、天敵生物の活用が今まで以上に進むと考えられます。他には、現在でも有機栽培で使用できる農薬として分類されているものや害虫のフェロモン誘引剤、微生物資材なども進んで使われることが期待されます。
また、将来的には、RNA農薬や近年注目されているバイオスティミュラント資材などが開発・普及していき、現在の化学合成農薬と置き換わっていくことも想定されます。
化学肥料使用量の低減
こちらの目標も、化学農薬使用量の低減と同様に10年程度では画期的な技術開発は見込みが薄いので、当面は既存技術の活用が中心となります。AIによる土壌診断で施肥効率を上げること、耕種農家と畜産農家の連携による堆肥の活用などがそれにあたります。
2030年以降は、国内の未利用資源からの肥料成分の回収や肥料効率の高い品種の開発などを取り組んでいく計画となっています。
2016年度(2016年7月~2017年6月)の90万トンに対し、2030年までに20%、2050年までには30%の低減を目標としています。
耕地面積に占める有機農業の割合
この目標の有機農業の割合というのは、日本の耕地面積に占める有機農業に取り組んでいる面積の割合のことです。直接的な有機農産物の生産量ではなく、有機農業という生産方法を広めることを目標としています。
まずは有機農法の技術体系の確立や産地づくりを展開していくことが当面の取組みとなります。ただ、それだけでは慣行農業を行っている農家が有機農業に切り替えることは難しいことが予想されます。
そこで、カギとなるのが有機食品の需要喚起となります。
実は、みどりの食料システム戦略とは別に「SDGsにも貢献できる国産の有機食品をもっと広めよう!」とする取組みがあります。農林水産省が中心となって有機食品を扱う企業とともに有機農業・有機食品のプロモーションを行う国産有機サポーターズです。この任意加入できるプラットフォームは、有機農業が生物多様性の保全や地球温暖化防止に貢献できるという理解のもと、国内の有機食品が将来的に成長できる市場であり大きなビジネスチャンスとしてとらえ、有機食品と有機農業の重要性を発信していく活動を行います。
有機食品の需要を喚起することが、ひいては有機農業の普及につながるというわけです。
基準年の2017年の有機農業に取り組む面積が2.35万ha、それを2050年までに100万haの25%まで拡大する目標となっています。
まとめ
資源の少ない日本にとって持続的な食料の供給は、国全体で取り組まなければならない大きな課題です。次の表は、2005年と2020年の基幹的農業従事者(主として自営で農業をしている人)数と日本の総人口の比較になります。
2005年 | 2020年 | '20→'05減少率 | |
---|---|---|---|
基幹的農業従事者(万人) | 224.1 | 136.3 | 39% |
日本の総人口(万人) | 12,709 | 12,614 | 1% |
参考:農林水産省「食料・農業・農村白書」政府統計の総合窓口「e-Stat」
2005年から2020年への日本の総人口の減少が1%に対して、基幹的農業従事者が39%も減っているのです。人口の減少以上に農業従事者が減り続けているということは、このまま何も手を打たなければますます国内での食料の供給が危ぶまれます。
みどりの食料システム戦略という環境負荷の低減と食料の持続的な供給という二つの難題に向けた大きな取り組みではありますが、まずは農業従事者数自体を増やさなければならないのは間違いありません。農家数が減少し続けてしまえば、環境負荷は低減するかもしれませんが、食料の安定供給は滞ってしまいます。みどりの食料システム戦略の達成と同時に、農業従事者の確保も並行して取り組んでいかなければならないことだと言えます。